新・月下独酌



共産党のあきれ果てた論理


数日前、勝山市議会の山田議員が出しておられる市政報告、『やまだタイムス』が新聞折込で届いた。


この件に関しては、私のHPの「67.国民保護条例案について」で既述したところだが、さすがに一言申しておかねばならない。




事は、3月議会に遡る。

3月議会において、『勝山市国民保護協議会条例』『勝山市国民保護対策本部等条例』が上程された。

これは、我が国が武力攻撃を受けた際に、国民を速やかに避難誘導するために制定された『国民保護法』を受けて、各地方自治体に制定を委ねられたもの。



山田議員の論調は大きく分けるならば2つに集約される。
 ひとつめは、「勝山市が軍事協力をすると、勝山市に対する攻撃の危険性がある」
 ふたつめは、「自治体にも安全保障の権限がある」


結論から言うならば、これはどちらも誤っている。


まずひとつめの「勝山市が軍事協力をすると、勝山市に対する攻撃の危険性がある」との説明であるが、

 ①国際法では軍事攻撃が禁止されている病院や宗教施設がある
           ↓
 ②ところが、これらの施設ですら軍事協力をすると武力攻撃される
           ↓
 ③ましてや、一般の施設や民家は容易に攻撃の対象となるであろう
           ↓
 ④したがって、軍事協力はすべきではない


まず、この論法が成り立つためにはひとつの大前提が成り立っていなければならない。
それは「敵が国際法を遵守してくれる」という相手に対する信頼感である。

あくまでも、この法律・条例は「日本が武力攻撃を受けた際」を想定している。日本に武力攻撃を仕掛けてくる相手を信じるのは結構なことだ。山田議員の考えるヒューマニズムが、相手に通じると思うのであれば、諸手を挙げて歓迎の意を表すればよかろう。

ただし、その際にわれわれが対峙するのは話し合いに来た人間たちではなく、われわれを殺すために来た人間、われわれから何かを奪おうとやってきた人間なのだということを山田議員は考えたことがあるのだろうか。


仮に、
「銀行や宝石店ですら、外国人窃盗団のターゲットになっている」
  のだから
「一般のわれわれの家庭は狙われたらひとたまりもない」
  したがって
「われわれは、警察に必要以上に協力を求めるべきではない」
  そうすれば
「外国人窃盗団を刺激しないですむ」

という議員がいたら、市民はどう思うだろう。

共産党が軍事アレルギーであることは、今更説明を要するまでもない。それはそれで結構なことだ。だが、自己のイデオロギーの正当性のために、侵略者にヒューマニズムを求めるのは本末転倒であろう。



そして、この論法は「相手を不必要に信じる」と言う意味で不適切であるばかりか、「自分たちさえ助かれば後は知ったことではない」と言う意味で、卑怯でさえある。

山田議員の論法を別な言葉で表すならば、
「私たちは軍事協力をしません。そうすれば、敵は軍事協力をする別の場所へ行くことになるでしょう。ですから、私たちは安全なのです」
ということだ。

これはどういうことか。
「私たちが安全になるためならば、他所で戦っている自治体の皆さんのことはどうでもよい」
ということではないのか。






山田議員の市政報告、『やまだタイムス』によると、
山岸市長は、山田議員の質問に対して
「勝山市民だけが安全でいられる、そのようなはずがない」
と言ったとのこと。

山岸市長は、まさしく私が前述したような趣旨で「勝山市民だけが安全をむさぼって良いのか。そのような真似はできない」と言ったのである。

意図的に山岸市長の発言を矮小化するのは、いかがなものだろう。






それとも、
「日本全国の自治体が『軍事協力をしない』と宣言すれば、敵はどこも攻めない』などという懐かしの非武装中立論を振りかざすのだろうか。

ならば、一昨年のハイチの武力制圧事件をどのように感じておられるのだろう。

平成16年2月5日にハイチ北部の街、ゴナイブで「ハイチ解放再建革命戦線」が武力蜂起した。ハイチは10年来にわたって国軍の解体を進めていたこともあり、反政府武装勢力に対して政府側が有効な手段を講じえず、鎮圧は不発に終わり、国民は暴行・略奪・殺人などの被害を受けた。

たかだか数百人程度の武力ですら一国を、致命的な混乱状況に陥れることができるのだ。
現行の憲法解釈では、自衛のための戦力は憲法9条違反にあたらないとしている。当然だ。自衛のための戦力すら放棄してしまったハイチは、たかだか数百人の武力勢力により鎮圧され、あまつさえ外国の介入を受け更なる混乱を招いた。

共産党は、国民の生命と財産をどのようにして守るのか。それをご教示いただきたいものだ。


おそらくは「外交と平和努力によって守る」とでもいうのだろう。そんなことは誰でも答えられる。

重要なことは、「外交と平和努力によっても防げないもの」に対してどのように防衛するかという点ではないのか?

そして、今回の国民保護条例は、その「外交と平和努力によっても防げないもの」に対する備えなのだ。そもそも出発点からして論点が著しくずれているのである。






ちなみに、
「自治体にも安全保障の権限がある」
というのは、学者先生の間でも議論が分かれるところ。

そのような定説にすらなっていない論理を振り回してもどうにもならない。




仮にジュネーブ条約を持ち出してきても、意味はない。

またしても「敵がジュネーブ条約を遵守する」という妄想の上に成り立たねばならぬのだから。


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by harukado-ruri | 2006-06-01 00:51 | 政治の話
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