昨日は、大野勝山広域ごみ処理場「クリーンビュー」の落成式に参加しました。
7月の中旬あたりから、一般市民に対しての見学も可能になります。
皆さんも一度見学されてみてはいかがでしょうか。
なかなかに面白いですよ。
古本屋に注文していた書籍が今朝方届きました。
「銀色の独立国」・・・・・・このタイトルを見てピンと来る人は多いはず。
3年前の衆議院議員選挙の際に、平泉渉氏が配られたパンフレットはこの本のダイジェスト版でした。
ダイジェスト版では、なかなか全貌がつかめないため、古本屋を探して注文してきたというわけです。
唐突ですが・・・・・
格差社会という言葉が巷間にぎわせていますが、賃金格差などは格差社会のほんの上っ面に過ぎないと私は考えています。
格差社会は、
(1)地域格差
(2)高齢化社会
これら2つの内在的な圧力として生まれたものです。例えるなら、新薬を研究している過程でとんでもない殺虫剤が開発されたように、まったく予期せぬ結果として格差社会は誕生しつつあります。
(1)の地域格差とは、東京一極集中のシステムがもたらした弊害です。
経済の一極集中により、地方の経済システムは中央に依存した形になっています。「依存」とは、「閉じられた」という意味です。
「閉じられている」経済システムとはどのようなものでしょう。
マクロ経済学の教科書を紐解くと、必ずと言ってよいくらい最初に出てくるのが「乗数効果」です。
A氏に100万円のお金を渡したと仮定しましょう。この人は、いつも収入の30%を貯金に回すので(貯蓄性向0.3)、30万円は貯金にまわされます。租税を無視して、残りの70%、つまり70万円を消費に回すとしましょう。
A氏は、かねてよりB氏との間で、B氏の持っている車を買う旨の約束をしていました。そこでB氏の車をA氏は70万円で購入しました。ここで、B氏は70万円の収入を得たことになります。仮にB氏も収入の30%を貯蓄にまわし、残りの70%を消費に回すとするならば、B氏は49万円をどこかで使うことになります。そしてその49万円をもらった人が、さらにその70%を消費に回すならば・・・・・
A氏が得た100万円は、100万円の価値を持つだけではありません。A氏の100万円はB氏の70万円、C氏の49万円、D氏の・・・・・といった形で市場内での価値を持ちます。
つまり、100万+70万+49万+・・・・・と7掛けの総和としての価値を持つわけです。
こういう見方をするのが乗数効果であり、公共投資の基礎理論として重宝されました。
かつて勝山ニューホテル存続が市議会で問題になった際、存続の立場から論陣を張った私は次のような論法を用いました。
勝山ニューホテルが1年間に勝山経済に与える影響は1億円足らずですが、その経済「波及」効果は最低に見積もっても2億8000万円です。
この論法が乗数効果を下敷きにしていることは明らかです。
しかし、この論法の中では、敢えて意図的に無視していた変数がありました。
それは・・・・・・勝山市の経済がどれだけ外に対して開かれているか(つまり「どれだけ閉じられていないか」)について触れなかったのですね。
例えば、1億円の金が勝山経済に投入されても、勝山経済からスルスルとそのお金が逃げて行ったのでは意味がありません。乗数効果が発揮されるためには、地方経済が他都市に対して閉じられたものであり、その地方経済の中に投下された資本はその中をぐるぐると回っていなければならないのです。
つまり、特定の地方経済が「閉じられて」いて、投入された資本がその内部で循環するようになっていれば、その地方は経済的に「やっていける」状態といえるでしょう。
残念ながら、勝山の経済は「閉じられた」ものではありません。それは、消費者が福井へ買い物に出かけることだけ見ても明らかです。また、資本移動のシステムそのものが国家レベルで中央へ向かうものになっています。つまり、資本は最終的には中央へと向かうのです。
(それが「経済の一極集中」の根源的な意味でもあります)
ただし、これ自体は克服することは可能です。つまり、勝山のモノを中央へ売りつければ済むことですから。
問題は、
「高齢化社会が生み出す格差社会」なのです。
私は、「かつて日本は平等社会であった」というテーゼに対しては、「それは単に若年層が多かっただけではないか」という考えに立っています。
ならば、若年層が減り続ける現在では、不平等社会が到来するのは当然でしょう。
そこでこれを解決するには単純に、
(1)所得再配分の方法を刷新する
(2)高齢者層が世代間格差を是正する
この2つの方法が考えられます。
(1)は税制その他の政策により、若年層と高齢者層の所得再配分を見直す方法ですが、これはあまりにも危険度が高すぎます。
(2)は、高齢者と呼ばれる世代を「従属人口」・・・・すなわち、生産に寄与しない人々・・・・と、とらえるのではなく能動的な生産世代とみる政策です。
もっとも、この(2)に対しては未だ有効な政策は存在しません。
なにかいいアイディアはないのか?・・・・・それがこの『銀色の独立国』を購入した動機です。
・・・・・・というわけで、これからこの本を読むところなので、書評はいずれまた(苦笑)